80年代の引き抜き戦争を振り返る1

 オレイ・アンダーソンを調べていると、ワフー・マクダニエルの名前が良く出てきます。

 ギミックではなく本物のインディアン。酋長はガセみたいですが。

 AWA出発の人で国際に初来日。ストロング小林を倒して看板タイトルのIWAヘビー級王者に。当時の小林は国際の不動のエースでしたから、これは大きな実績です。

 その後はNWAエリアに転戦したことから、次は全日本に登場。シリーズエースが務まるクラスの外人として重用されました。全日本マットでブッチャーと抗争することに。

 1981年にIWGPのためにブッチャーが引き抜かれ、それを追うように(?)82年の年明けに新日本マットに登場。昭和三団体を網羅しました。しかし、ブッチャーとの抗争は新日本ファンの関知する処ではなく、そもそもブッチャー自体が新日本ではパッとしなかったので、響きませんでした。得意技のトマホークチョップもオープニングのタイトルバックで一度流れただけだったと記憶しています。なんのために引き抜いたのか全然、意図が不明な引き抜きでした。