柞刈湯葉先生の作品集その2です。
図書館。
奇抜なタイトルですが、これは物理学者の過剰な単純化を揶揄する常套句なのだそうです。
で、この常套句からインスパイアされて、本当に牛を球にして製造する工場の話しを書いてしまうという剛腕。
☆まず牛を球とします
p15
聞いた話では最近の小学生は「牛」というと大豆の加工品を指すものだと思っているらしい。「饅頭」がもともと人身御供となった人間の頭部の代替品であったことを誰も覚えていないように、牛がもともと動物であったことを覚えている人間は徐々に減っている。
〇犯罪者には田中が多い
「この容疑者の女性、田中久美恵さんって書いてるじゃないですか。名前、変えた方がいいです」
「‥ああ、それですね」
「でもこれだと田中が犯人じゃないってわかっちゃうじゃないですか。名前で」
「あー、そうか。逆にそういう問題があるんですね」
とある重大事件の犯人が田中だったことからSNSで、最近の犯罪者は田中が多いという話しが出てきて都市伝説的に定着してしまった状態で、ミステリー作家が容疑者や犯人の名前に苦慮するという話しです。
筆者が中学生の頃に某事件の犯人が軍司だったことから、軍司という名前の印象が非常に悪くなった時期があったのを思い出しました。
〇数を食べる
p56
退屈な話の代表格といえば、数学の話と、他人の見た夢の話だ。
だからこの話は、世界でいちばん退屈な話かもしれない。なにしろ、
という前振りで始まります。物から数を剥がして食べられるというスラップスティックな話しです。
〇石油玉になりたい
王の誤植ではありません。玉です。宇宙空間で死んだ彼女が石油になりたいと言っていたという話しなのですが、実現できません。
☆東京都交通安全責任課
p78
「これらに交通事故があった場合、きみに責任を取ってもらうことになる」
「責任をとる、というのは何をすればいいのですか」
「仕事を辞めてもらう」
仕事の多くがAIやロボットに奪われ、人間の仕事は責任を取ることくらいしかなくなったおいう近未来に、責任課に就職した主人公の話しです。シュールではありますが、意外に笑えない近未来なのが恐ろしい。
〇天地および責任の創造
前作と繋がっています。ストーリーが連続しているわけではありません。責任というものがどういうものかという議論からアイデアが出発しているところが共通なのです。アダムとイヴの時代に、変な蛇が責任の実をアダムに食べさせてから人間は責任を自覚するようになったと言うのです。
〇タマネギが嫌い
p110
強いて言うならば、世界におけるタマネギの扱いが気に入らない。
和食だろうが洋食だろうが、ファーストフードだろうが高級店だろうが、何を注文しても不意打ち的にタマネギが入っている。ハンバーガーに、串カツに、牛丼に、ステーキに。
なぜタマネギはこうも世界から許されているのか。
という話しです。
☆ルナティック・オン・ザ・ヒル
ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」からインスパイアされた、月面で不毛な戦争をする月人と地球人の話しです。敵を一定数倒すと敵の人工知能が判断して退却するのでそれを目指しますが、味方も同様。それだったら、最初から計算シミュレーション内で人工知能同士が模擬戦闘すれば良いのに、なんで俺たちは‥という話しです。
☆大正電気女学生
女子高生物が最近は当たるらしいと聞いて柞刈先生がやっつけで書いた一本。いまどきの女学生を描けないので大正浪漫にして、ラジオが珍しかった時代にラジオに放射線を照射して電波をタイムスリップさせて未来のラジオを聞くという趣向です。
ラジオで関東大震災のニュースを聞いた彼女たちは‥。
▲令和二年の箱男
安部工房の「箱男」のオマージュ。段ボール箱をかぶって仮装してユーチューバーを始めるだけの話しなのですが、予想以上にバズった箱男は創作者の思惑を超えて‥。
☆改暦
モンゴル大帝国に雇われた漢人天文学者が、蝕は多いほど良いので可能性がありそうな時は全て蝕の予報を出す現行の天文学に異を唱える話しです。
NHKの世界史講座でモンゴルを勉強したこともあり、ストライクゾーンの真ん中に来ました。
▲沈黙のリトルボーイ
広島に落としたリトルボーイが不発で原爆ドームに突き刺さったままになり、長崎は爆発して日本は降伏。占領軍が、この不発弾を処理する話しです。
量子論的な話しを書きたくて考えたそうですが、また随分とひねたことを考えたものです。