「極悪がんぼ」が、月9の単回最低視聴率を記録したそうだ。
主演の尾野真千子は芸達者だし、脚本のいずみ吉紘も器用な人だと思うので、このワースト記録更新は少々意外だ。とは言え、かくいう筆者も第1回を見て、「これはとても付いていけない」と脱落したのだが。
尾野真千子擁護派の意見としては、今回の記録は長期的な3つのトレンドの流れで、この時期に出るべくして出たものであって、特段、この作品が史上最悪だと言うことではないように思う。
長期的な3つのトレンドとは、
1:ドラマの長期低落傾向
2:フジテレビの長期低落傾向
3:月9枠の長期迷走傾向
である。
1と2については、多くの人が否定しがたいトレンドだと思うので筆者が論じることもないだろう。
3については、月9が魔法のドラマ枠だったのは、1991年の「東京ラブストーリー」から、2001年の「ヒーロー」までだったと言う気がする。その後も散発的なヒットは見られるが、数あるドラマ枠の中でも月9が突出していた時代は2001年が最後だったと言う気がする。
月9は、「トレンディドラマ」なる新ジャンル(?)を生み出した主役であり、それだけのパワーを持つ幾多のヒット作が次々に並んだ。その結果、「月9女優」なる不思議なステイタスも登場した。女優だけではなく、脚本家だって「月9」を書かせてもらえるかどうかが一流の証みたいな時期があった。また、主題歌もミリオンセラーになるプラチナチャンスであった。その一方で、視聴率が低迷すると、すぐに大袈裟に叩かれ、犯人探しが行われるようになった。結果として、月9は、俳優にとっても脚本家にとってもハイリスクハイリターンなアイテムになった。
ここまで書いていて思うのだが、これはNHKの朝ドラや大河ドラマが辿ったのと同じ道である。ヒット作連発、それによるブランド化、ブランドに群がる諸々の利害関係者、失敗が過大に非難される構造、長期低迷傾向の定着と続いていく訳である。
その意味では、この現象は月9に固有の物ではなく、ヒット枠に共通の陥穽なのかも知れない。
この流れの中で、特に構造的な問題化しやすく見えるのが、群がる利害関係者、失敗が過大に非難される構造の辺りの悪循環である。
月9に出ることがステイタスであり、またビッグヒットが期待できる枠であることから、プロダクションは、自社俳優をキャストに押し込もうとする。多くの人気俳優を抱えるプロダクションは、その力を利用して圧力団体として月9枠を取りに行く。テレビ局としても多数の人気俳優を抱えるプロダクションを敵に回せないので受けざるを得ない。プロダクション側は、主演俳優に人気俳優を出す交換条件に、目立つ脇役に若手をバーターで送り込む。こうしてキャスティングが、作品主体でない所で決まってしまい、後から作品を選ぶと言うことが慢性化する。人気漫画、人気ミステリーなど、視聴率のベースが確保できそうなものが採用される。先にキャストありきなので、原作のイメージにフィットしないこともしばしばで、原作ファンの反発を買うようなケースも出てくる。「極悪がんぼ」の記録更新までワースト記録だった剛力の「ビブリア古書店‥」などは、典型的なケースだったように思う。
長期低迷傾向が定着すると、内外の批判が高まり、制作サイドはもがき始める。数字の取れそうな原作の確保、他でヒット作を飛ばした俳優や脚本家の確保、昔ヒットした作品の続編などである。だが、こうした数字のためにもがいている番組と言うのは、視聴者から意外に透けて見えるもので、往々にして見苦しく視聴率は却って低迷する。次の月9は「HERO」のシーズン2だそうだが、そういう意味では非常に不安を感じさせる企画である。
結局の所、今の「月9」には昔の価値は既になく、視聴率が多少低くとも一喜一憂せずにオリジナルの良い作品を落ち着いて作ることが必要だと思う。しかし、これを阻むのがフジテレビの長期低迷で、フラグシップ枠の一つである月9に即効的な結果を求めて大きな圧力が掛かり続けている。
当事者の方には申し訳ないが、この際だから一度テレビ東京に抜かれて民放地上波最下位になってゼロベースでリスタートするようなことが必要なのかも知れない。月9もドラマ枠を廃止して、一旦、バラエティなりクイズなりに衣替えしても良いのではないだろうか。元を辿っていけば、「欽ドン」の枠だったのだから。
そうして、利権関係や圧力構造を排した所から、改めて良いドラマを作ることを考え直した方が結果的には早道なのではないかと思う。
マーケティングの近年のトピックスの中では、ソニーの事例が比較的近いように思う。本来、家電メーカーは技術力がコアコンピタンスであるべきだと思う。かつて、ソニーはそのコンピタンスを持っていた。しかし、「ウォークマン」の大ヒットで、ソニーは考え違いをする。「音楽を携帯すると言う新しいライフスタイルを提案した」企業であると自認し、ライフスタイル提案型企業へと舵を切ったのである。結果は、誰もが知る所だと思うので、敢えて書かない。
もっと最近の事例としてはシャープの液晶があるだろう。液晶テレビでトップに躍り出たシャープは、自社の液晶テレビを「世界の亀山モデル」と呼びブランドマーケティングに走ったのである。結果は、これまた誰もが知る所だと思うので敢えて書かない。
いずれにせよ「技術立社」であるべきメーカーが、コアコンピタンスをおろそかにしたツケは非常に高かったと思う。
テレビドラマは、それほど技術依存ではないかもしれないが、良い企画立案者、良い原作調達能力、良いキャスティングパワー、良い脚本家など、いずれも一朝一夕には購えないリソースばかりで、その意味では技術力(開発力、品質管理能力)と通じる所がある。
フジテレビが、月9に象徴される「トレンディドラマ」マーケティングの幻想から早く脱却することを願って止まない。その意味では、次が「HEROシーズン2」であることには、筆者は個人的には到底賛成できないのだが‥(^_^;